−レッツ☆ウォー− 


おなやみ☆戦争(2007.3.21)

 夕食後、勉強しようと俺は机に向かっていた。窓越しに先生を持つ俺の机。今日もガラス戸を開け放ち、家庭教師に英語のマンツーマンレッスンを受けている。
 長い髪をそのまま垂らしている双葉。その手にはいつぞのぬいぐるみが抱かれている。余程気に入っているのだろう。赤いリボンを耳に付けた白いロップイヤーが、大切そうに撫でられていた。
「……どうしよう」
 いつになく神妙な、いや、切ないと言ってもいい声色だった。何気なく双葉を見ると、心ここにあらずといった顔が目に映る。うさぎを撫でる手が止まり、視線はその白い毛で止まった。
「どうした?」
「私、怖かったの。好きなのに、ぎゅっと抱き締めたくなるほど、こんなに好きなのに……傷付けるのが嫌で、怖くて、ずっと我慢してきたの」
「……?」
「今のままでも十分満足しているわ。このまま、そばにいられるだけで幸せ。でも、本当は大好きと言って、抱き付きたいの。もっと触れたいの」
 出窓に腰掛けて、憂いを帯びた目をする。こういう時の双葉は、卑怯なほどその表情が綺麗だ。星明かりすらこいつを飾るには足りない。けど、これは一体……?
「どうしよう……もう、我慢できない……いっちゃん」
 伏せられた瞳。その静かな仕草に反して俺は激しく動揺する。わけが分からないが、唐突な振りに頭がパニックを起こす。
 双葉をこうも悩ませるなんて。こんな悩ましげな顔をさせるなんて。よく分からんが、この世にこれ以上の罪はないと思う。
(そばにいられるだけ? え? そんなまさかだってうそ……ありえねぇだろ? 双葉初恋? ……って誰だ。俺は所詮ただの幼馴染みか? 相談相手かっ ?眼中にない!? いやいや、他人に取られるくらいなら親から奪……って違う違う! 主語ないあたりが怪しいじゃないかっ。ほら、いつも通り戦乱の幕開けだって。どうした俺、何考えてんだ)
 その時の俺はとんでもない顔をしていただろう。もう表現のしようもないさ。俺はこいつのこんな感じの振りに弱いんだ。手に握ったシャーペンの悲鳴とか、聞こえないくらい内心の声は高らか。
 ああそうさ。いくらだって嫉妬するさ。好きで何が悪い。最愛の幼馴染みを奪われる大ピンチだ。それがこんなにも俺を動揺させる。
 あれこれ言いたいのを思いとどまり、何とかまともな言葉を出す。
「……な、なに?」
「いっちゃん、お願い……針と糸を貸してっ!」
「……は、針、っすか?」
 泣きそうな、必死の顔で俺に手を差し出す双葉。シャーペン片手にかっちこっちに固まった俺。愛しい幼馴染みは続ける。
「ええ。うさぎさんの手、糸がほつれて今度抱き付いたらきっと取れてしまうわ。でも、可愛いうさぎさんに針なんて刺せなくて。それでも抱き締めたいのっ。抱っこして寝たいのっ。だから私、心を鬼にしてこの子を縫うわっ。傷付けるんじゃないっ。直すのよっ」
 お嬢様は長い髪を振って自分に言い聞かせる。俺は石化しつつも、学校以外で開いたことのない裁縫セットを探し始める。視界の隅で、ロップイヤーちゃんの腕があらぬ方向へ、妙に大きく揺れた。
 ……もうヤダ。生まれて初めてうさぎに慰められた。

☆ 本日の試合結果。おなやみ勝利。


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